共感を生むことを目指して生きる

生まれた理由や生きる目的は分からない。30年以上生きてもまだその理由は分からないし、これからも分からない気がする。そもそも死ぬ瞬間に分かる事な気がする。

 

だけど生きるための目標は定める事ができる。全ての活動の指針を「共感を生むこと」にする。今までもそうしてきたし、これからもそれが良い気がする。 

 

共感を生むことが全ての活動の原点なのと、人間の普遍的な価値だから。文化や進化によって形は変化しても、本質は変わっていない。長い人類の歴史を見ても変わらないのと、ある意味人間は進化していないのかもしれない。

 

マイビジョンとして忘れずにいたいのでメモ。

仕事に向き合う姿勢

 

どうしても譲れないものを2つ挙げてみる。

 

夏の甲子園の決勝戦を見にいける

・数年に一度しか予約できない最高にうまい寿司屋に行から

 

どちらかを選ばないといけないとしたら、それを決断するのは、本当に苦しい。

 

それと同じ決断を毎日しているかどうかで、仕事に向き合う姿勢がわかる気がする。

本当の敵はなにか?

豊かな人生を送るために邪魔でしかない手間や作業。

 

これを解決するためにデザインをする。忘れずにいたいのでメモ。

承認欲求の種類

 

①努力を認められる

②凄さを認められる

 

どちらかしかない。

①は実質的な結果ではなく、ウェットな感情やコミュニケーションがそれを満たす。女性はこちらの場合が多い気がする。

②は実質的な結果が伴わないと満たされないし、結果を本人がそれを実感していないと満たされない。

 

メンヘラは分散型に切り替えると幸せになれる

エネルギーは一点集中すると何万倍にも力がかかる。太陽の光を虫眼鏡で当てると火がつくほど熱い。でも本来の太陽の光は空気全体に分散するから暖かいものだ。

 

人間は弱い。落ち込んだり傷ついたりするのは怖い。それを回避するエネルギーは一点集中にせず分散型にすれば皆が暖かさを感じる幸せなものになる。

ストイックに生きること

ストイックに生きることは格好良い生き方の1つだけど、結果が伴ってこそ。

結果が伴わないと周りの人間を不幸にするだけなので、ストイックにやる以上は必ず大きな結果を出さなくてはいけない。

「あわよくば」という低い期待への投資をしない

「あわよくばこうなって欲しい」という、実現の可能性が低い物事に対して、時間やコストをかけることを止める。「あわよくば」は起こる確率は低いので、無駄な期待への無駄な貯蓄で身にならない。その瞬間は「こうしとけば良かった!」という後悔が残るけど、長い目で見た時に大した損にはならない。長期的に見ると投資対効果が低いので、やめた方が賢い選択と言える。

絶対に逃したくない勝負に、全エネルギーを消費した方が断然良い。その機会が来た時に全力で勝負すれば良いし、それが実力というものだ。リスクヘッジは実力の無さの裏返し。実力を磨くという未来への投資をした方が身のためだ。